開拓者の夢と
「飛騨う米」の原点
今から約70年前、
私の父は現在の岐阜県下呂市から、
ここ岐阜県高山市上野町に開拓者として
二十歳で入植しました。
生まれ故郷の土地を売り、ここ上野町に
1haの土地を買い大きな夢を持ち、
毎日母や一緒に来た開拓者仲間と共に
水路をつくり、水田を開墾したと聞きます。
当時は、作業効率のいい農機具や化学肥料、
農薬もない時代。
父は牛を使い田を耕し、
牛の糞尿で土を肥やし、
稲作をして米を作り売り、
家族を養ってくれました。
これが「飛騨う米」の原点です。
今では牛、米、野菜と農業は分業化され、
昔ながらの当たり前だった循環農業は
どこを探してもありません。